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最高裁判所第二小法廷 平成11年(許)40号 決定

抗告人

株式会社井筒屋破産管財人

丸山惠司

相手方

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

岸曉

主文

一  原決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却する。

二  本件異議申立てに関する手続の総費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人の抗告理由について

破産財団から特定の財産が放棄された場合には、当該財産の管理及び処分について、破産管財人の権限は消滅し、破産者の権限が復活する。したがって、右の場合に、当該財産を目的とする別除権につき別除権者がその放棄の意思表示をすべき相手方は、破産者であると解するほかはない。このことは、破産者が株式会社であっても、異なるところはない。

そうすると、破産財団から放棄された本件建物につき、別除権を有する相手方が、破産者である株式会社井筒屋に対して別除権放棄の意思表示をしていないにもかかわらず、破産管財人である抗告人に対して最後の配当に関する除斥期間内に別除権放棄の意思表示をしたことをもって別除権放棄の効果が生じたとし、その被担保債権等を最後の配当に加えるよう配当表を更正することを命じた原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。この点をいう論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、本件においては、別除権放棄の効果が生じたとは認められず、相手方の配当表に対する異議の申立ては理由がないから、右申立てを却下した原々審の決定に対する相手方の抗告は、これを棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

抗告人の抗告理由

○ 抗告許可申立書記載の抗告理由

一、原決定は、別除権者が最後配当に加入できる二場合の一つ、即ち、別除権者が破産管財人に対し除斥期間内に別除権放棄の意思表示をした場合(破産法二七七条)に関し、放棄の意思表示だけでは足らず、それに加えて、別除権消滅の登記の経由も必要とする大阪地方裁判所第六民事部の実務上の取扱い(同取扱いは同地裁のみならず、他の裁判所にても広く採用されている)を一般論としては是認しながら、本件については、例外的に、右取扱いを相手方に要求することは極めて酷であるとして、相手方を配当から除外した同地裁の決定を取消し、申立人に配当表の更正を命じた。

従前、破産法二七七条の解釈に関する最高裁判例及びそれに準ずる判例は存しないが、原決定には同法同条の解釈に関する重要な事項につき、重大な過誤が存し、同決定は破棄されなければならない。

二、抗告の理由については、追って整理の上主張するが、原決定には通読しただけでも以下の過誤を指摘することができ、本申立の理由及び抗告理由の一部として主張する。即ち、

1 清算人選任の要否についての解釈の過誤

原決定は、申立人(破産管財人)が本件建物を破産財団から放棄している為、相手方が本件別除権の抹消登記手続を経由する為には、裁判所に清算手続の開始を申立て、裁判所から清算人の選任を受けた上、清算人と共に抹消登記手続の共同申請をするか、或いは、清算人に対して訴訟を提起するか、孰れかの必要があるとした上、本件では相手方が右破産財団からの放棄を知った時期と最後配当の除斥期間の終期とが近接していて、相手方が右除斥期間内に右抹消登記手続を完了することは困難であったとする。

然し、本件建物については、相手方より先順位の別除権者(根抵当権者)たる中小企業金融公庫の申立に拠り、平成一〇年九月二八日、大阪地方裁判所にて不動産競売開始決定が出され(同庁平成一〇年(ケ)第二、一七三号)(添付資料一)、競売手続が進行していた所、平成一一年一月一四日、申立人(破産管財人)は破産裁判所の許可を得て本件建物を破産財団から放棄した為(同資料二)、同建物の所有権は破産者たる(株)井筒屋に復帰した。そこで、右公庫は、右競売事件について、(株)井筒屋の特別代理人の選任を同地裁に求め、その結果、平成一一年三月二日、清水俊順弁護士(大阪市北区西天満〈番地略〉第三大阪弁護士ビル○○○号)が特別代理人に選任された(同資料三)。相手方は、その頃同地裁から右競売事件の各利害関係人に宛てて発せられた選任決定に拠り、或いは、その後の情報収集の過程で右選任の事実を了知していた筈であり、更に、申立人は相手方(城東支店・京阪京橋支店の担当者)との電話会話の中で、右選任の事実及び別除権の抹消登記は特別代理人との共同申請にて為すべき旨を相手方に伝え、且つ平成一一年三月八日付(翌九日配達)内容証明郵便にて同旨を相手方に伝えた(同資料五の一、二)。他方、平成一一年三月一九日、最後配当に関する除斥期間は同年四月一六日迄と定められた。

原決定は、別除権の抹消登記実現の為には清算人の選任及び清算手続の開始が必要であるとする。然し、それが必要であるのは破産者に残余財産が有り、その財産そのものについて換価等何らかの処分をすべき場合であって、本件の様に、単に残余財産に設定されている根抵当権の抹消登記手続をするだけの場合には不要であり、相手方としては既に選任されている前記特別代理人と共同で登記申請を為せば足りる。又、特別代理人が同登記申請への協力を拒むことは通常有り得ず、よって、相手方が抹消登記手続請求訴訟の提起を余儀無くされる事態の到来も生じ得ない。

そうすると、相手方には、申立人から平成一一年二月一二日付(同月一五日配達)内容証明郵便(同資料四の一、二)にて、別除権の抹消登記が記載された登記簿謄本提出方の催促を受けて以降、除斥期間の終期(同年四月一六日)迄、約二か月余りの期間が有ったことになり、同登記手続の経由は十分に可能であったことになる。

2 清算人等の選任を必要とした場合の時間的余裕の存否についての解釈の過誤

仮に、右登記の為には右不動産競売事件で既選任の特別代理人では足らず、新たな特別代理人の選任、若しくは原決定の説示通り、清算人の選任が必要であったとしても、選任申立の理由は単に別除権登記の抹消に過ぎないのであるから、選任及び選任後の抹消登記手続に時間がかかろう筈がなく、右二ヶ月余りの間に、相手方が選任の申立を行い、選任を受けた上、右登記手続を経由する時間的余裕は有ったと云わねばならない。

尚、右競売事件は本件建物について買受人((株)ナガシマ)が出現した為、中小企業金融公庫は平成一一年八月二四日同事件を取下げ(資料六)、次いで、右(株)ナガシマの申立により、同月二五日本件建物売却の為に野間敬和弁護士が(株)井筒屋の清算人に選任されている(資料七)。右(株)ナガシマの代理人幸田勝利弁護士から申立人に破産事件の事件番号の照会等が為されたのが平成一一年八月七日であり(資料八)、(株)ナガシマはその後に本件建物の購入を決断して、右清算人選任申立に及んだのであるから、申立から選任迄に要した期間は長くて約二週間であって、清算人の選任は原決定の説示程時間及び労力を要するものではない。

3 破産管財人による財団放棄の唐突性の有無についての解釈の過誤

更に、原決定は、相手方に於いて申立人による破産財団からの放棄が突然で、その時期について予測を為し得なかったかの如く判示する。

然し、本件の財団放棄は所謂「任意売却崩れの放棄」であり、相手方は申立人が右放棄をした時期(平成一一年一月一四日)以前から、申立人が同放棄を行うことを知悉していたものである。即ち、申立人は本件破産宣告直後から本件建物の任意売却を試み、破産裁判所から、平成一〇年五月一三日に三度目の売却許可を得たのを含め、計三度の売却許可を得、その都度、相手方には事前連絡をし、相手方からは別除権の受戻しの回答を得ていたが、右三度目の売却も実現が困難となった為、遅くとも、平成一〇年々末迄には、相手方に対し、任意売却困難を理由に本件建物を財団放棄する旨を伝えていたのであって、右放棄は相手方の予想できたものであった。そうすると、相手方は本件建物が未だ破産財団に帰属している間に、申立人に対して別除権の抹消登記への協力を求める暇は十分に有ったことになる。

4 別除権放棄の意思表示の相手方についての解釈の過誤

又、原決定は、法人破産の場合で、破産管財人が不動産の破産財団からの放棄をした場合に、別除権者が別除権放棄の意思表示をすべき相手は破産者即ち、選任された清算人であるとする(決定書第二の三、10頁)。

然し、放棄の意思表示の相手方が破産管財人であることは破産法第二七七条が明記する所であって、右判示は誤りであるし、仮に、右判示が正しいとすれば、相手方はそもそも別除権放棄の意思表示を適法にしていないことになる。原決定の立場では、別除権放棄の意思表示すらしていない別除権者に対して配当を命じることとなる。

5 民法一七七条の対抗問題についての解釈の過誤

加えて、原決定は、破産管財人は別除権放棄の成否が手続上明らかになれば足りる程度の利害関係を有するに過ぎず、別除権者との関係では、別除権の放棄について民法一七七条の対抗関係に立たず、別除権者は抹消登記なくして放棄を対抗できるとする。

然し、別除権者が別除権を放棄して配当に加わるとなれば、他の一般破産債権者にも甚大な影響を与えることとなり、破産債権者の総利益を代表する破産管財人は別除権の成否、消長には極めて重大な利害関係を持つ。のみならず、迅速且つ過誤のない配当手続の履践を要求される破産管財人が別除権放棄の有無を確実に判定し、且つ別除権者が競売手続と破産手続の両手続から二重配当を受けることを確実に防止する手段は抹消登記の確認以外にはないのであって、破産管財人は別除権の放棄と云う物権の喪失については別除権者との関係で民法一七七条の第三者に該当すると云わねばならない。

(添付書類省略)

○ 抗告許可申立て理由書記載の抗告理由

一、民事訴訟法三三七条二項該当性

1 破産法二七七条は「別除権者カ最後ノ配当ニ関スル除斥期間内ニ破産管財人ニ対シ其ノ権利拠棄ノ意思ヲ表示セス(中略)トキハ配当ヨリ除斥セラル」と定める。右条文の反対解釈として、別除権者が最後配当に加わる為にはその除斥期間内に破産管財人に対して別除権放棄の意思を表示することが必要と解釈される所、更に、その意思表示については、意思表示の他に、別除権消滅の登記の経由をも必要とするのが大阪地方裁判所を初めとする各地方裁判所の実務上の取扱いである。

2 従前、破産法二七七条の解釈に関する最高裁判所の判例及びそれに準ずる判例は存しないが、右解釈及び右取扱いは同法同条の解釈に関する重要な事項を含むものである所、右解釈の一部及び右取扱いの適用を排斥した原決定は同法同条の解釈に関する重要は事項についての解釈を誤ったものと云わねばならず、本件許可申立は民事訴訟法三三七条二項の要件を充足する。

二、原決定の過誤

原決定の過誤については「平成一一年一〇月一九日付抗告許可申立書の申立の理由二の1乃至5」にその大要を記載したので、それらを援用するが、更に、以下の点を補充する。

1 右「申立の理由二の1」に次の点を補充する。

破産財団から放棄された不動産に設定されている別除権についてその抹消登記手続を行うことは、同不動産の所有者たる破産者にとっては、制限物権の消滅と云う利益を一方的に受けるだけのことに過ぎない。そこには対価の支払い等反対給付履行の必要はなく、破産者は登記権利者となって別除権者と共同で抹消登記の申請行為を行えば万事が終了するのであるから、残余財産を清算する場合に必要とされる清算手続の開始は必要ない。別除権者としては民事訴訟法三五条及び同三七条に基づき右抹消登記の当事者(登記権利者)となる特別代理人の選任を裁判所に申立てるか、若しくは既に特別代理人が選任されているときはその者と共同で登記申請をすれば足りる。

加えて、本件の場合、本件建物が破産財団から放棄された時点では既に同建物について競売手続が開始されており、残余財産たる本件建物について売却等清算を行う必要性は消滅していた為、破産者を代表する者としては特別代理人の選任で足り、清水俊順弁護士が民事訴訟法三五条、三七条、及び民事執行法二〇条に基づいて特別代理人に選任されたのである。

原決定は、法人破産事件で、破産財団から放棄された不動産について、別除権者等が何らかの手続を採ろうとする際には、一律、清算手続の開始及び清算人の選任を必要とするものであって、原決定の考えに従えば、右特別代理人の選任は誤りであったことになろう。財団放棄された不動産に関して何らかの手続を採ろうとする際は、当該手続の意味と内容を個別に吟味し、破産者の代表者として如何なる資格の者を選任すべきかを検討する必要がある所、本件ではそれは特別代理人で足りるのである。

2 右「申立の理由の3」に次の点を補充する。

日本屈指の大手銀行で、多数の破産事件に関与の経験を持つと解される相手方には、破産管財人による任意売却の企みが頓挫した場合、資産価値の乏しい本件建物が破産財団から放棄されることは十分に予測できた。又、原決定は、破産管財人が別除権の対象たる不動産を破産財団から放棄するに際し、同管財人が別除権者に予めその旨を通知した上、一定期間を定めて別除権放棄の催告をすべきものであるかの如く判示するが(決定書第二の三、11頁)、右事前通知及び催告が財団放棄の要件でないことは明らかであり、右事前通知及び催告の欠如をもって相手方を有利に遇する根拠とすべきではない。更に、別除権者は由来、別除権対象不動産の動向について無関心でいるべきではなく、破産管財人に対する照会、及び破産事件記録の閲覧等によりその動向の注視を継続しておくべきものであり、別除権者がそれら手続を懈怠していたとすれば、債権回収の努力を放擲していたものと評価されても已むを得ない(尚、本件建物の各任意売却の進捗状況、及び各任意売却が頓挫し、同建物は財団放棄の予定であることについて、申立人から相手方に対し適時伝達していたことは、「抗告許可申立書の申立の理由二の3」に記載の通りである)。

従って、本件には前記の破産事件実務取扱いの例外を認めねばならぬ程の、別除権者に極めて酷な状況はない。

3 右「申立の理由二の6」として次の点を追加する。

6 例外を認める要件判示の欠如及び破産事件実務に与える影響の重大性

原決定は、本件について前記の破産事件実務取扱いに例外を認め、別除権放棄の適法な意思表示及び別除権の消滅登記の経由なく(適法な意思表示の欠如については「抗告許可申立書の申立の理由二の4、八頁」に記載の通り)、配当への加入を命じたものであるが、例外を認める理由としては、時間的余裕がなく酷であるとするだけで、例外を認める場合の一般的要件については何ら判示する所がない。

高等裁判所の決定は地方裁判所の実務を掣肘する所、右の如き原決定が是正されない儘放置されることは、大阪地方裁判所を初め各地方裁判所で行われている破産事件実務に無用の混乱を生み、迅速且つ画一的処理が要求される配当手続実務を停頓させる結果となる。原決定が破産事件実務に与える影響の重大さは計り知れない。

此の意味に於いても、原決定は法令の解釈に関する重要な事項を含むと捕捉される。

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